Hiver des ruines
十分だった
彼の傍にいられるだけで
たとえ想いが届かないとわかっていても
「この人、どうするんです?」
尽力も虚しく光跡翼は発動され、空っぽになった蜃気楼の宮殿からとりあえず帰還した彼ら。
その中にはも混ざっていた。
あれだけの負傷で命を落としそうになりながらも生き残った彼女を、セネルたちは連れて帰った。
このままに出来るわけがない、そうセネル自ら担いでウェルテス、ウィルの家へと運ぶ。
既に夜が始まり、家々の明かりに照らされながら静かに戻ってきた後、
未だ眠る彼女の傷を出来る限りの回復呪文で治し、包帯も巻く。
ソファに寝かせ、一段落というように皆で長息しているとジェイは言った。
彼女の、今後の扱いについて。
「傷が治ったらまた、戦いになるかもしれませんよ?」
緩く壁に寄りかかりながら、常にへ注意を向けているのは彼だけだ。
クロエはそんな、というように目を伏せ、ウィルも顔をしかめる。
「そがぁなことわからん!」
「話せばきっとわかってくれる!」
モーゼスとセネルはそう反論するが、シャーリィの一件でそれが曖昧なものだとわかっていた。
あれだけ言葉を通しても、交わらないこころを見せられ正直不安だった。
それでも諦めないと誓ったのは、彼らがいてくれたから。
だから諦めない、水の民との和解も、シャーリィを取り戻すことも。
ぐいと己を握り締めるセネルから、皆へと意志が伝わる。
「俺は信じてる、俺たちは必ずわかりあえる」
「それでいいんですね?」
「……あぁ」
にこりと、ジェイは笑ってセネルの答えを聞いた。
しこりが残らないということはないだろう、けれど自分たちには伝える言葉がある。
自分のこころを相手に伝えられるのだ。
皆の顔を改めて見直して、セネルは頷く。
もう、迷わない。
「ぅ……」
「!」
彼女の苦しそうな声でソファへと視線が寄る。
セネルが傍らに膝をついて、ジェイが少し後ろから見ている。
ノーマは背もたれの所に両腕を組んでのせて一番最初に彼女と目を合わせた。
「おっはよ〜」
「!」
瞬間見開いた目を一度眩しさに細め、反射的に手を動かそうとして止まる。
此処は、蜃気楼の宮殿ではない。
木目の天井に見慣れない光源、陸の民。
はそこで悟った、自分は負けた、そして捕まった。
隊長はどうなったのだろう、メルネス様を連れて逃げ切れただろうか、自分は時間を稼げただろうか。
最後に少しでも、役に立てただろうか。
「、大丈夫か?」
よく隊長と言い争いをしていた、セネルが覗き込んでくるのをぼーっと見ながら考えた。
これからどうなるのだろう、どうして傷が治っているのだろう、何をされるのだろう。
前髪が少し長くて、目に不快感がある。
怖くなどない、自分は親衛隊の副隊長だ。
「……せ」
「ん?何だ?」
「こ……せ…」
喉が驚くほどに渇いていて、上手く言葉が出てこないけれど、呟くように陸の民へと言う。
セネルの後ろから新たな陸の民が、自分たちの計画をことごとく妨げた参謀が見て代弁した。
「殺せ、と言いたいのでしょう」
「!?」
言いたいことが伝わったようなので、口を噤む。
セネルは相変わらずこちらを見ながら、おかしな表情になった。
眉間をくしゃりと歪め、瞳を痛ましげに細めて。
その顔を自分は見たことがある気がした。
「なんでそがぁなことせにゃならんのじゃ!」
「僕に聞かないでくださいよ」
赤い頭の男だろう、姿は視界をかすめないがあの訛のような言葉は印象深い。
参謀が振り返ってチリン、と鈴の音が聞こえる。
唐突に、影が横切るのを感じて仰向けのまま目を向けると、眼鏡をかけた中年の男が手にグラスを持っていた。
確か、ハンマーを振り回して呪文を唱える術者だった。
「起きられるか?」
そう問われて、抵抗するのも無駄だとはわかっていたから、出来る限りゆっくりとソファの背もたれを借りて起き上がる。
左腕をかけようとして肘から下へと痛みが走った、包帯の巻かれたそこは確かに骨が折れたと感じた所だ。
だが決して曲がっているわけではなかったし、折れていたのならこんなふうに掴めないだろう。
改めて自分の姿がひどく変っているのを見る。
ただの長袖のシャツ、ただの黒いズボン。
そのままの姿勢で指先の動きを確かめて、足を少しずらしてみて傷のないのがわかった。
水の民でも捕虜にここまでしないだろう。
怪我は手当てされているのではなく、治っているのだ。
それでもやはり左腕と、右足首にじんと痛みが溜まっている。
足を板張りの床に着けて顔をあげれば、真正面にセネル、その斜め後ろには参謀と、赤い頭のと。
よっと声を出して隣にはいつも明るい調子のストローを武器にする子が座る。
尋問の、体勢だろうか、これは。
「ほら、喉渇いてるんだろ」
セネルがハンマーの術者から受け取ったグラスをこちらへ差し出す。
一見すれば水だが、いくらでも毒の入れようはあるだろう。
致死量か、またはじわりじわりと効果の出る拷問用のものか。
どちらにせよ飲めるということはない。
それを受け取らず、じっと見ているだけに疑問を持ったのか、セネルがさらに近づける。
参謀が、ここでも代弁をした。
「毒が入っていると思っているのでしょう」
また、セネルがそれを聞いて揺れる。
それがまた、私を揺らす。
「そんなこと、絶対ない」
セネルは必死に見えた。
何故そんなに必死なのかはわからない、戦いの前と同じだ。
本当に、わからないことだらけ。
「もし、ここで貴女を殺そうとするのなら、こんなあからさまな方法は取らないでしょう」
参謀は、一歩こちらに寄ってセネルからグラスを受け取り、すっとそれを喉に通した。
確認させるようなその動作、それでも自分から警戒の姿勢は剥れない。
半場意地なのかもしれない。
それに、と彼がハンマーの術者に新しいものを用意させる間に加えた。
「僕らはいつでも、貴女を殺すことは出来た」
「ジェイ!」
そんなことはわかっている、と返せなかったのは声が上手くでないから。
目の前に移動して少し見下ろす角度が、威圧にさえも感じられて思わず俯いてしまう。
後ろの方から制する声が聞こえても、参謀は続ける。
「僕らは貴女を、殺さない」
「……」
「拷問も、しない」
「…」
「今はただ、身体を休めてください」
言い含められているように感じるのは自分が陸の民の言いなりになりたくないからだ。
一語一語強調するようにゆっくり、確実に告げられていく言葉は優しい音がする。
返事は聞かずに、彼はそっと離れてセネルに場所を譲った。
セネルはセネルで、あの表情をする時以外はずっと穏やかなものだ。
陸の民という言葉に、少しだけ抵抗をなくしたのはそれが初めてだったと思う。
2006.6.6
またもやっつけ。
というかワルターが出ないとこだと相手はジェイです。
つかの間の休息気分で。