Hiver des ruines
ワルターが走り出したことにより、時が動き始める。
ジェイが咄嗟に彼を追い、寸分後にセネルたちが我に返る。
ここで負けられないのは、彼女たちだけではないのだから。
「!そこを退くんだ!」
セネルが詰め寄りながら叫ぶのを風もないかのように流す。
クロエとともに駆け、出来る限り傷つけることのないようにと停戦を見込む彼が攻撃範囲に入るころには
ワルターは翼でもって張られた結界を通過した。
ジェイが苦無を当てようにも僅差で薄紫の壁にぶつかる。
再び小爆発を起こしたそこには黒くこげた周りの壁と何の変化もない結界が残った。
それを見ていたジェイも、ウィルもここを通るにはたった一つの選択しかないと悟る。
振り返れば一歩も退かないの姿が気高く、儚く見えた。
「虎牙破斬っ」
「連牙弾!」
二人の技を間近に初めてが動く。
クロエの斬り上げを横に少しずれて交わし後ろへ回ったセネルの蹴りを食らって空に浮いた。
本来連発となるそれが一度きりだったのは彼女が自ら跳躍したから。
一旦外れてしまうと隙の大きいこれらを機に空中から仕掛けるつもりだ。
だが腕を向け、独特な気の変化に集中していたが急に目を見開いて地に戻る。
の上を槍が一本通過した。
「もう止めぇ!」
右拳を握りこんで睨みつけるモーゼスを一瞥し、彼女は止めていた荒い呼吸を取り戻す。
しゃがんだ状態から片膝をつけ、大きく肩が揺れるのを留めるかのようにそこを握り締める姿が他の動きを止める。
皆が辛そうにを見る中、彼女自身はバッと転がり上から高く跳んできたジェイの飯綱落としを避けた。
「ジェイ!」
「早くしなければ僕らが此処に来た意味がなくなるんですよ!」
力強く足を着け身を低くしてから立ち上がったジェイは皆を振り返って言う。
此処に来た理由を忘れるなと。
それに応えるかのようにウィルのストーンブラストが発動した。
「っあ!」
出の遅い術だが石つぶての数に押されてが体勢を崩す。
駆け込むようにクロエとセネルがその後を追う。
ノーマも何かしらの詠唱を終え、ポーズを取ってセネルにストローを向けた。
「セネセネ!チアリングッ」
セネルが赤い光に包まれ、拳に力を感じるのと同時に身体が軽くなる。
攻撃力の上がるこれには時間制限があるが、いまだ起き上がれていないに近づくには十分だった。
喘ぎながら力の入らない足をもつれさせ、腕もうまく動かせない彼女にセネルは一瞬同情もしたが、
その足をつかんでぐっと持ち上げることを止めはしなかった。
「礫岩迫落撃!」
遠心力で物を振り回し叩きつけるという大ダメージに繋がる技だ。
はなされるがまま、風圧を受ける身体を反射的に縮めようとするがそれもままならない。
数回の回転で勢いづいた身を捻りセネルが腕を下へ振り下ろす。
「終わりだっ!」
爽快なまでの音が高く響き渡り、戦いの終わりを告げる。
セネルの早い呼吸だけが残るその場に自然、皆が集まる。
叩きつけられた姿勢を変えず息さえ聞こえないほどに弱まる命の光。
頭部を腕で庇ったのか、片方が奇形染みたものになり、横向けの全身が動く気配はない。
髪で大半が覆われる顔も汚れ、擦り傷が赤く痛みを伝える。
やはりウィルとジェイだけが屈み込み、片やファーストエイドを唱え、片や息を確認する。
仰向けにして髪を払い、閉じられる目を見ながらジェイは思う。
「どうしてこんなに」
必死になるのだろう。
それは一同が絶えず思い、こうなっても結界を消すことのないへ向けられる、一重の疑問。
精神とか、そういうもので片付けられるのかわからない孤高の意志。
前までが彼らに思っていたこと。
「まだ意識はあります」
「……」
薄ら、その目が開かれ、歪みかけの水晶のように細められる。
呪文をかけたウィルに目もくれず、それはただ上へ上へと向けられる。
端から乾いた血の軌跡を巡らし、青白くなった唇からは何も聞こえない。
少しずつ、ほんの少しずつ動くのを見れたのはジェイだけだろう。
伝えようとする言葉。
ついに割れて零れたかけらが落ちる前に、霞のように結界が消滅し、閉じる。
「……は、ワルちんのことホントに好きなんだね」
「深すぎて自分が傷ついてしまうくらい、な」
剣を納めることも忘れてクロエはノーマに返す。
モーゼスが悔しげに俯き、セネルも同じように顔を隠す。
「行こう」
誰からともなく足が前へと進むのは、定められたことだからではない。
「メルネス!」
バサ、と黒く粒子を引く翼をなくして降り立ったワルターは、衝撃のために膝をついた。
もうテルクェスを出すことも出来ない。
どうやって彼女をこの場所から逃がそう、それだけで頭が一杯だった。
「ここは危険だ!逃げ…」
ふと、勢い込んで話す彼を風が後ろから押した。
その中に何とも言いがたい力の消失を感じ、思わず鳥肌が立つ。
消えかけていた光が完全に存在しなくなるように、導きが闇に紛れ攫われるように。
「……」
ス、とシャーリィが立ち上がり、目を細くする。
手を緩やかに上げて胸の前に組み、顔を下げる。
ひび割れそうにくしゃくしゃな顔を見ず、ワルターは後ろに意識を持っていかれる。
遠い結界の崩壊を、霞のかたまりが大気に溶けていくのを見ながら。
思わず取ってしまったあの時の判断を、深く負い目に。
「シャーリィ!」
無音であったこの中にしばらくして無遠慮に割り込んできたセネル。
何も言わずその手を下げ、深く沈んだ目に戻ったメルネスが彼を射る。
ワルターがそれ以上に暗く、憎しみを込めて名を叫ぶ。
「セネル……貴様はっ」
「ワルター」
留めるようにメルネスが彼を呼び、彼は黙ったまま荒い息を吐く。
「戦いに来たんじゃないんだ!」
「話をしに来たんじゃ!」
ワルターをそのままにセネルたちが玉座へと歩む。
拳を握っていた彼は自分の横まで来た彼らの前に立ちはだかり、手を向ける。
本当はもう、ひとつのテルクェスさえ放てないのだけれど。
「何を言うかと思えば、くだらない。この私が話を聞くとでも思ったのか?」
セネルたちが訴えたことをじっと聞き、一言で吐き捨てるメルネスが閉じていた目を開け、嘲笑する。
彼らが打ち捨てられた地で滄我から学んだこと、自分たちの非を認めそれでも共存しようという意思。
今を生きる自分たちに過去は関係ない。
それらを全て捨てて、メルネスはくだらないと言う。
思わず駆け出しそうになった一同をワルターの手と動くなという彼女の言葉が止める。
「近付けば即座に光跡翼を発動させる」
同時に髪を青く輝かせ、玉座から伸びるように後ろの複雑な模様へ光が道を示す。
神聖な光の流れに息を飲み、立ち竦むように誰もが心を揺らす。
それでもセネルだけが、そんな一触即発の中へと踏み込んだ。
自分の気持ちに気付けた、だから此処へ来た、シャーリィとともに歩きたいんだ。
幾らでも立ち上がる意志を胸に必死に気持ちを伝えようとしたセネル。
「ありがとう、私は今の言葉を胸に、自分の使命を果たすことにする」
「!?」
言葉は届いたように思われた、それでも彼女が立ち位置を変えることはなかった。
更に光は瞬いて、青に白みがかるまでになった髪と、テルクェスを背にして彼女は宣戦布告する。
「わたし、メルネスだから」
「決着を、つけましょう」
それに反応したのはワルターだけだった。
自分の手を一杯に広げ、残されている彼らを通さんとばかりに髪を輝かせる。
それでも彼らは、セネルは動かなかった。
不審に感じるワルターが問う前に、ノーマが静かに言った。
「りっちゃんの顔、見える?」
「何?」
クロエはあぁと答えた。
視線は外さないまま、目の前のシャーリィの歪んでそのままになってしまうのではないかと心配するほど悲痛な表情へ。
他も同じ思いで、武器を構えもせずにただ痛んだ。
ワルターは状況がわからずに、後ろへと振り返って息を止める。
失敗した数年前の託宣の儀式でも、ヴァーツラフと対峙して傷を受けたときにも見せたことのない、こころ。
本気だと、俺には出来ないと言ったセネルに叫んで手を振り上げても、そのこころはかわらない。
「どうして……どうして攻撃できないのよぉ!」
響いた木霊が完全に消えても、座り込んだシャーリィが泣きもせず呆然としても。
誰からも答えは返らない。
「帰ろう、シャーリィ」
幼いころ、よく泣いて慰められたときのそれと同じ声。
妹が殺そうとしたというのに、変らずに降る笑顔。
温かすぎて、ずっと離さないでいたかったその笑顔にシャーリィが手を伸ばそうとした時。
「待つのだ、メルネス。セネルに惑わされていはいけない」
彼は唐突に場を支配し、全ての者から視線を奪って言った。
ばっと後ろを振り返り、声を合わせて名を呼ばれる。
横には何故か、傷が鮮やかに見えるほどに強調されたヴァーツラフ軍の兵士が半場蹲っていた。
「やめろ!」
静止もそれが形となることはない。
マウリッツから届けられた誠は止め処なくシャーリィを打つ。
セネルがそれを否定することもまた、あるはずがない。
それはどうしようもない、変えられない過去で、真実なのだから。
「シャーリィ!これは…」
「どうして水の民と陸の民はねじれてしまうんだろう」
「シャーリィ!」
「どうしてこうなってしまうんだろう」
「シャーリィィッ!!」
隠れてしまうこころが再び現れることはない。
不自然に高いこえが届くことはない。
崩れ始めたかべがその身を支えられることはない。
「どうしてわたしたちは、出会ってしまったんだろう」
―――――――さようなら、お兄ちゃん
2006.3.3
やっとここまで。さん頑張って。
というか正直主人公出てないとこはやっつけです。