Hiver des ruines
押せるはずなんてなかったんだ
最初から
「っ!?」
手元が翳るのに気付いたのは、ほとんど奇跡と言えた。
バッと飛び退き背後の穴に落ちないよう角に足を掛けると、ちょうど自分の手、
起爆装置があった位置に黒光りする菱形が刺さっていた。
続くようにタッと降り立った紫で深い感じのする目を持つ少年がむっとした顔でこちらを見る。
「流石、作戦参謀」
「そちらも流石です」
水の民も彼に手を焼いたことがある、遺跡船一の情報屋、ジェイ。
その容姿からは凄腕の情報屋などとは知れない若干16歳の彼は、以前は共に戦った軍の作戦参謀であった。
本来ならその指揮権はマウリッツよりが引き受けると言われていたのだが、
源聖レクサリアの聖皇たっての希望で彼を採用した。
自身はワルターの右腕であることで十分だったし、隊を離れたくはなかったので嬉しかったのだが、
実際戦場での彼の研ぎ澄まされた指揮力には舌を巻いた。
一切の迷いを与えない部下への指示、視野の広さ、発想の豊かさ。
彼のおかげで勝利への近道が見つかったと言っても過言ではない。
この見通しのきく通路を見つからず、しかも上からということは、
両サイドに設置されている幅の薄い、イネ科の葉を三角に重ねたようなあの柵を伝ってきたのだろう。
水柱が全部で7つあるのだが、それぞれが出っ張りに出来た穴を通り、その出っ張りを結ぶように柵が付いている。
不可能ではないが、仮にも水柱を通すほどの高さの宮殿だ。
しかも壁というものがなく、開放的なだだっ広い空間で、風も吹く。勿論下も丸見え。
「苦無っ」
彼の胆力ある策に感心させられてか、逆に冷静になったはいつも通りの思考を始めた。
こんな近距離でいつもの爆発性の短刀が投げられるはずはないので、こちらも短剣を抜いて弾き返す。
お互い力よりスピード重視、彼はアーツ系。
そうなれば不利になるこちらは逃げる、何処へ、隊長の所へ。
「そうか」
「?」
走り始めてから、何故こうも落ち着いたのかという疑問は急に回答が吐き出された。
要は自分は隊長を殺さずに済んで安心しているんだ、と。
そしてこうなった原因に感謝し始めている、と。
おかしな言葉を返されたジェイは何が?とも思ったがそれよりを追うのが先だった。
は自分がこの状況を嬉しがっているのに気付くが、それでも頬を緩めないように顔を突っ張るように走る。
彼女の後に少しずつ近づくジェイだが距離はまだあまり。
ワルターは先程のへの合図が全ての終焉と踏んでいた為、不測の事態で無防備となっていた。
依然としてに目を向け、何を考えているかわからない顔。
それにセネル達は気付くし、ウィルが唱えているのは攻撃呪文だ。
「隊長!」
「貴女の相手は僕ですよっ」
せめて接近戦派の攻撃をさせないよう片手を突き出し簡易的な結界をワルターに施す。
自然スピードの下がるのを知りながらその弱々しい盾を形成し、距離のある間を苛立たしく駆けた。
振り向きざまに二本の苦無を見て、距離からしてもこれが接触すれば爆発すると知る。
弾けば負傷は必須、避けても床に刺されば爆発して進路が塞がるとみて投げてきたのだろう。
しかしワルターは今にも攻撃を受けそうになっていて、あの結界では間に合わない。
この攻撃を避ければ先に、隊長のところに進めない。
守りたいものが守れない
「なめるなぁっ!!」
「何っ!?」
ワルターは自分の生が終わりを告げることに正直何も思わなかった。
この、自分の負った使命はきっと遂げられる。
メルネスはきっと守れる。
そして大沈下により水の民は陸の民を滅ぼす。
それがすべてだった。
いつもフォローをしてくれていたのは彼女だった。
長く信頼を寄せた彼女に、今回もまた同じように託して、それで終わるはずだった。
後のことは頼む、なんて本人に言えば怒るのだろうが、任せられる者がいることは心強かった。
副隊長という位、それは当然のことなのかもしれないが自分が気にかけること、
それをまるで教えられたかのように黙然と、見事にこなして来た彼女に感謝していた。
だから尚更、今目の前で起こっている出来事を認めるのが難だったのだ
彼女の築いた球体が薄く広がっている。
先ほどから捉えて離さない彼女の姿を少しだけ揺らいで見せる。
自分は、指示を失念したのだろうか。
合図したら、自分ごと爆破しろと迷いも無く告げたことは確かに記憶している。
なら彼女が合図を聞き落としたのか。
それもない、何故ならあの時互いが互いの目を見据えていたのだから。
そしてそれがこの現状を生じさせた。
彼女は爆発を起こさず、しばらくの後セネルの仲間が彼女に迫っていた。
自分はもう既に終わったものとしか考えられなくなった頭で、セネルが近づくのにも、呪文が遠くで紡がれているのにも、
ただ気付かずに、ただ目を開いて時を動かす彼女を見つめるだけだった。
放たれた黒光りの刃を強かに打ち返し、爆発したそれに巻き込まれる彼女を。
音が無くなり光と風が視界に広がり、薄れる結界や何かの破片が向かってくるのに紛れて、
余炎を纏った彼女が跳ね飛ばされるのを。
あぁそういえば、あの時の彼女の目はいつもとは違っていた
意志を感じさせる光が、強く明るかったものが
「何じゃ!?」
「くっ!」
セネルは突然起こった小規模の爆発に一瞬怯んだ。
ジェイが単独で隠れていた水の民を見つけ、そいつがこちらに向かってきた、ということまではわかる。
たしかジェイはいつも使う苦無という変な形の短刀を投げてそいつを邪魔したはずだ。
あぁ、その爆発なのかこれは。
あまり広くない所だから使わないと思っていたがきっと理由があるのだろう、
ともかくそれによって放心状態のワルターを攻撃するべく突っ込んでいた俺たちは爆風で目を覆った。
でもそれが止んだとき、ワルターを見るより先に視界に入ったのはどうしてか水の民だった。
「お前は!」
きっとジェイが見つけたのはこの目の前に立っているだろう。
彼女は確かにメルネス親衛隊副隊長と名乗り、常にワルターの後ろで見る女性だった。
遺跡船に来たばかりのころのワルターには付き添っていなかったが、
あの連合軍でも人形兵士を操るワルターの手伝いをしていたはずだ。
それが何故、というよりいつの間にここへ。
全ては彼女が纏うボロボロになりまだ火の子の残る服が語っていた。
「まさか、僕が利用されるとは…」
「…ジェイ」
こちらもいつの間にか斜め後ろにポケットに手を入れて立つジェイがいた。
荒い息遣いは皆同じだったけど、彼女は普通ではない。
それはそうだ。至近距離の爆発を食らってそれを使ってここに来たのだから。
湯気のような白煙の上がる左手が下がりそれを右で押さえて、役に立たないだろう肩から垂れる布をそのままにしている。
あちこちから肌が剥け、或いは焦げたように黒く血と汗が滲むのに、それが見えていないかのように睨まれる視線が何となくいたい。
長くて綺麗だとノーマも絶賛していた髪は千切ったように所々が短い。
ズボンは白かったはずなのにすすや血で濁るようだし、特徴とも言える鮮やかなオレンジ色の飾りはどこにも見えない。
それでも立って、今にも飛び掛ってきそうなその瞳。
「…、お前」
後ろから覗くワルターの目も流石に驚いているとわかる。
それに視線を合わせず、そのままはこちらへと手を伸ばし、いや伸ばそうとしていた。
仁王立ちだった彼女の膝が折れたのはその直後で。
「ッ!」
「!」
入れないその雰囲気に飲まれるように、俺たちもそれを見ていた。
ジェイは後ろで常に構えているのもわかった。
ワルターが咄嗟に抱え込んだが口から吐いた血も、それが腕を伝うのも気に留めず、
彼は人形が動き出したかのように焦った。
「逃げ・・・ください、結界が・・・」
「喋るな!」
腕に纏わりつく布を千切り、自らのマントも同様に傷を押さえるのに使い。
見守られるような距離の間、ワルターは自分たちに構いもせずを抱え続ける。
はそれでも立とうと腕より起立に使う足に手を添え、光を放つ。
こちらも驚かされるような、その精神力。
普通使われる治癒術は自分の精神力を力に傷の回復を早めるものだが、自らに使うなどあまり例を見ない。
場合によっては精神力が足りなくなりそれこそ健在であることから遠ざかる、賭けみたいなものだ。
以前ウィルから聞いたことだが、深手を負った場合それが成功することはないそうだ。
「何を…!?よせ止めろ!」
「逃げ…ここは、わた」
「ふざけるなっ!!」
掲げる腕を離そうにも痛々しいまでに赤く表皮の無い腕を触れず、そのまま叫ぶだけのワルターに、
が囁くのはこちらには聞こえない。
ジェイがそろそろ、と催促するようにこちらに視線を送ってきた。
気付かない振りをして、後で後悔するかもしれないのに、何故か動けなかった。
しばらくして、ゆらりと立ち上がるが見え、ワルターがそれを止めようとか、支えようとかわからないが手を添えて。
「はやく、行って…」
「だが!」
「メルネス」
「!!」
メルネスという言葉だけ強く聞き取れた、それに反応する彼も見えた。
幾度かの試みで起立し、傷を覆っていた布がひらりひらりと散る。
それが静かになってから押し出されるように、ワルターは駆け出した。
がそれを見ることは無かったけれど。
「ここは、とおさない」
戦いの再開へ駒は進められた
…2006.1.14
勢いで2話も書いてしまった…読み直すとおかしいし。
あーもうだめだワルちん。