Hiver des ruines
「ワルター様!」
青系統でまとめられた独特の民族衣装を騒がせながら、二人のメルネス親衛隊員が走り込んでくる。
彼らのくすんだ金色の髪が忙しなさを助長し、息を切らしてなお急いで喋ろうとむせ込んだ。
「落ち着け、どうした」
明るさの勝る短めの髪を少しだけ振り、メルネス親衛隊長、ワルターは仲間を冷めた目で見る。
しかしそれ以上急かさず、熱を冷ますようなその目には気遣いが含まれていることを彼らは知っている。
一人がはい、と返事をし、もう一人が続けて話し出した。
「臨眺の間を突破さました!」
「奴らは順調にこちらへ登ってきています、いかがなさいますか」
セネル達を待ち構えさせた二人がやられたらしい。
仕留められるなどと侮った予測ではなかったが、それでも隊では秀でていた者だった。
もう少しもつかと思っていたワルターは表に出さず歯噛みする。
「わかった、待機させた他の部隊を撤退させろ」
「は、しかし…」
「俺が此処で待つ、お前たちはマウリッツの所へ行け」
じきにセネル達が乗り込んでくるだろう、無駄な犠牲はいらない。
指示を出された隊員はワルターの意図を汲み、自分たちだけが安全な場所にいるなど出来ないと主張した。
「例え我等が役立たずだとしても、奴らを止めている間にメルネス様を避難させることが出来ます」
「水の民の希望は、水の民全員で守りきります」
「しかし…」
仲間意識の高い彼らをどう説得しようか、ワルターは悩む。
犠牲を出したくは無い、でもメルネスを守りたいという人々の気持ちは変わらない。
これまでそうしてどれほど、どれほど多くを失わせてきたか。
それを知る彼らだからこそ、引けないということか。
いつも寄せている眉間をさらにきつくし、仲間を睨むように見る。
迷うように足をずらしコツ、と音が鳴るのを聞くと、その発生源が自分でないと知れた。
「止めなさい」
「!…様」
彼らのいる蜃気楼の宮殿最奥、メルネスの座する玉座がある部屋の前。
床に蔦を象るような模様が成され、上から下へ水柱を垂らした特徴的な通路から声がした。
隊員同様の衣装に機動性を加え、ひらひらとした部分を極力削いだ軽装の副隊長は、
真っ直ぐ歩み寄るとワルターの横に並んで二人に言った。
「隊長の命令です、聞かないと言うのですか」
「ですがっ」
「気持ちは同じです、貴方達がメルネス様をお守りしたい気持ちも、隊長の気持ちも」
「だったら我々も…」
「ただ、隊長は貴方達も守りたいのです」
痺れた様に彼らが肩を揺らした。
次いでワルターにその視線を向け、ただ目を開く。
ワルターはに余計なことを…と呟くが、それを流しは続ける。
「安心してください、隊長と私でメルネス様は守って見せます。我々の希望を、陸の民の思い通りにはさせません」
「……は、わかりました」
大人しくなった二人が自分たちに敬意を払って出て行ったのを見て、は短息する。
今だこちらに目を向ける隊長に向き直り、一応謝った。
空間が広いため、風が通り靡くマントをそのままに、ワルターは否定もせず促す。
「準備は」
「はい、この通路の水柱脇全てに爆薬を仕掛けておきました。操作で単体でも爆破できます」
「封印は」
「既に待機状態です、私の爪力が尽きるか、気絶するまで保てます」
メルネス親衛隊がワルターを隊長に、を副隊長に結成されたのはもう随分前のことだ。
里を違えた場所にいた二人が出会ったのはこの隊が事情である。
ワルターは幼いころから爪術、オートマタロイヤル、あらゆる分野においての厳しい訓練を積み、
唯ひとつ、メルネスと守るという使命だけを背負って育った。
は元々違う集落にいたが、そこが陸の民に襲われほとんどの者が命を絶たれた時、
マウリッツの応援により保護され、同時に親を亡くした彼女は彼に引き取られ、その下で修行を受けた。
ワルターと同じように才を見せるにマウリッツは親衛隊副隊長の座を与え、
今となってはこの隊の一挙は彼女に任されいている。
「……お前はどうして退避しない、ここは俺一人で十分だ」
「…この作戦の参謀をお忘れですか?」
「操作装置を寄越せ、そして退避しろ」
「……全く、何年仕えてきたと思っていらっしゃるんですか?聞きませんよ」
風に声を持っていかれないように、少し強めに断言した。
いつものことだ、というように一寸の怯みも見せず、はワルターに意見している。
実際こういう重大な、危険な任務の時はいつもこうであるので、驚きもない。
呆れた、懲りない人だとは思うが、それが彼なりの優しさであるなんてことは言うまでもないので、
こうして柔らかく否定をする。
「命令だ」
「副隊長兼参謀なので聞きません」
「……」
背負うものが大きければ、当然一人では支えきれない。
だからこうして自分たちがいるのに、それを敢えて拒む。
何故ここまで単身尽力するのか、は知らないが背負い込ませてたまるか、と思う。
睨むように視線をかわすワルターだが、内心悩んでいるのだろう。
時折荒く吹く風にも動じず、腕を組んで立つ姿は、荘厳であるのにどこか揺らいで見える。
「それに、今更扉の封印を元創王国時代のものにしても彼らに意味はありませんよ」
「……」
の言う封印とは、彼女自身の能力である。
アーツ系爪術を学ばない代わりに、ブレス系の補助的能力を重視した技を独自に応用している。
攻撃性の術は勿論だが、シェルターやサイレンス、キュアやレイズデッドなどの補助・回復呪文を得ている者は、
水の民の中にもそうはいない。これを物としたからこそ、副隊長へなれたのだろう。
「……頼んだぞ」
「はい」
観念した、というような結果だが、背後のメルネスを見やるワルターを、その姿をしっかりと見据えては応えた。
入隊したばかりのころだったと思うが、以前から聞いていた隊長の姿をは里の丘で見つけた。
彼は誰かから隠れるように木に身を寄せて、一点を目を凝らして見ているようで、
不思議に思ったはそっと近寄り、その目の追う方向を見た。
メルネス、と密かに大人から呼ばれていた少女がそこにはいた。
マウリッツに聞かされるまで実在とも信じがたかったが、勿論親衛隊に置く身で知らない訳はない。
そのメルネスが銀髪の少年の腕を引き、少年が話し込んでいる大人しそうな少女から離そうとしてるのがわかる。
一本の丈長の木に集まるようにしていた彼らとは、
里で唯一の陸の民セネル・クーリッジ、ある意味有名であったしメルネスの近くにいる人物は隅々まで調査されている。
メルネスの姉ステラ・テルメス、里でも器量よし、顔よし、その上優しい、と人気高い一人。
そしてメルネスであるシャーリィ・フェンネス。
そんな彼らを見ていたワルターには何も思わないわけではなかった。
親衛隊長であるわけだし、日ごろからメルネスと行動を共にしていても何ら不思議はない。
共にしている、なら。
彼は決して加わろうと近寄ったり、話しかけたりすることはなかった。
近くにいればいるだけ、守りやすいだろうに。
何だか好きな子に話しかけられず、そばで見ているだけの消極的な子供のようだった。
その時は又、ワルターに声を掛けず、そのまま帰ったのを覚えている。
そして何度も、同じ場所で同じ光景を、恐らく一番遠くから見ていたのを覚えている。
「発動」
「はい」
静かな声に、更に静かな声で応え右手を扉に向けるように掲げ、
淡く光り出し封印がその存在を確定されるまで意識を寄せる。
紫に、赤を纏わせたような、例えるならカオティックゾーンのような様態の結界と呼ばれるこれは、
意識次第で特定の人物を通せたり、逆に通せなくできる。
強度はの爪力に反映され、その信用性も然り。
依然マウリッツの庵を囲っていたあの結界も、実はとマウリッツを含む数名の民の共同作業で行っていたものだ。
大陸に住んでいたころから使われていたこの技術は才ある者へと受け継がれ、術具に力を込めることで形成する。
定期的に力を込め維持する結界とは違い、これは直接が操るので、力が尽きれば消滅するだろう。
それまでに、終わらせる。
「ブリザード!」
結界の外、一番近くの水柱脇で思案に顔を俯かせていたは、急に発生した冷えた空気にはっとする。
ワルターがセネル達と対峙し、隙を突いて呪文を唱えたのがわかった。
彼らはまだそれぞれの力強い意志を感じさせ、この猛烈な吹雪さえ倒れることなく防いでいる。
水の民であるワルターが唱えるこの氷属性の術は相当こたえるはずなのに。
強い、一段と強くなった。とは感じずにいられない。
打ち捨てられた地、そう軽蔑を含めた名称を与えられたその場所から、彼らは出てきた。
存在するという二つ目の滄我、さらに聖爪術なるものまで手にし、メルネスを説得しに、大沈下を阻止する為に。
託宣の儀式の場で、あれだけ力の差を見せ付けられ、剣を失った戦人のように愕然としていた彼ら。
今見ている彼らと、何処が変わったのか、にはわからない。
どうしてそこまで必死になるのかも。
「幻竜拳!」
「翔翼!」
「くっ!」
セネルのパンチを交わし、更に上からの短刀を爪力で弾いたワルターが後ろに回られたのを悟り険しい顔になる。
モーゼスが後ろから気合を込めて投げた槍も転がるように避け、呪文を唱える後衛へ迫り足払いをかけた。
一対複数でありながら、この戦い。
いつも見ていた隊長でさえ、更に長じているのだと感心する。
それに比べて今の自分はどうか。
「殺戮の翼!」
「うっ!」
「おわっ!?」
戦いを前にして、ただ見ているだけ。
言われた通りに、待っているだけ。
なんと非力な、役に立てない自分。
「セネルッ!!」
「うおおおおっ!!」
痛いくらいの彼の叫びを、願いを。
『俺が合図したら、爆破しろ』
そんなことぐらいしか、出来ないのか。
彼を死に追い詰めることしか、出来ないのか。
「もう止めろ!ワルター!」
「はああああっ!!」
何年も共に過ごし、呼んだことなど、一度もないその名前。
隊長、気付かされるその位置。
彼が選んだ、その覚悟。
「ッ!!!」
わたしは…
…2006.1.1
ワルター好きの友人の為、始めちゃいました。
いや勿論私も好きですよ、でもワルちん<ジェイたんだから。
切り所殺されそうに嫌な場面ですが切ります。
一話作るのに何日かかるんだあたし。