― 05 交錯する存在 ―
















































翌日、朝食の席。

「おはようございます、様」

「おはようございます」

自室から出てここまで来るのに数人のメイドに会ったが、様付けで呼ばれているのは何となく嫌だった。

ひとつひとつ丁寧に返しながら、貴族ってこういうものなのか…などとのんびり考えて。

様、おはようございます。お早いんですね」

昨日、確かリオンとの打ち合いの後にタオルをくれた人が、座った席のところで話しかけてきた。

「おはようございます、このくらいが習慣になってるんです。それにしても皆さん敬語なんていらないですのに」

「それはいけませんよ、貴女はリオン様の先生。当然のことです」

紅茶かコーヒーか、それとももっと他にするか聞かれながらそういうものなのかと思う。

「コーヒーをお願いします。ヒューゴ様やリオンはもう?」

「いえ、リオン様はまだです。もうすぐ来られると思います」

彼は昨日酷くショックだったようだけれど、改めて言いたいことがある。

これからのこともあるし、食べたら会いに行こう。

「お砂糖はどうなさいます?」

「あ、なしでお願いします」

次々と運ばれてくる自分では作ったことのないようなものが、輝いている。

なんか、食べるのが勿体ない。

というか一人なのに無駄に長いテーブルを占領するこの食物たちは、自分の胃に納まるわけもない。

「どうかなさいました?お口にあいませんか?」

申し訳なさそうに聞いてくるタオルをくれた人にぶんぶん首を振って言う。

「違います滅相もない!!こんなの初めて見たので、食べるのが忍びないなーなんて」

「フフッ、そうですか。どうぞ好きなだけお召し上がりください。料理長も喜びますわ」

「そうですね」

食の進むような優しい言葉をこの人はサラサラ言ってくれる。

優しいお母さんになるんだろうなぁ…

「お名前、聞いてもいいですか?」

「ええ、勿論。私マリアン・フュステルと申します」

にっこりと笑いながら言う彼女―マリアンさんは朝日をバックに神々しくさえ感じられた。

ほけっと見入っていると不思議そうに首を傾げそれでも笑いながらどうしたのか聞いてくる。

「マリアンさんって…女神みたいです」

「ええっ!?様何を仰るんですか私そんな…」

優しい上に面白い。

どうしようもなく動揺しているマリアンさんが可愛らしくて、つい笑ってしまった。

「もうっからかわないでくださいな」

「いえ、本当に思ったんですよ?美しいなぁって。……ねぇマリアンさん、

その敬語とってくれませんか?出来るなら、友達になっていただきたいくらいです」

自然と出てくる言葉を口に乗せれば、予想通り彼女はきょとんとして。

また笑った。

「友人の願いを聞かないわけにはいかないわね。じゃあその敬語をとってくれない?

「……うん、喜んで。マリアン」

こんな清々しい一日の始まり方は、他にない。











































『坊ちゃん、そんなことはないですよ。彼が強すぎるんです』

私が朝食を終えてもまだ現れないリオンを、マリアンが心配していたから部屋に来た。

そしたら昨日も試合の時に聞えたような声がリオンの部屋から漏れてくる。

彼とは私のことだろう。

コンコンとノックをするとそれは消えて。

「リオン?入るぞ」

返答がないのに少し開けてみるとリオンは既にいつもの服で、一人で窓際に立っていた。

手には何故か抜き身の剣。

「おはよう、素振りでもしていたのか?」

「………何故貴様がここに来る」

「失礼だなぁ、遅いからマリアンが心配していたんだ。それに話もあったし」

「何?」

不機嫌丸出しのリオンをそのままに独り言のように喋りだす。

「改めて、君の剣の指南をする だ。剣の腕はまぁ見てもらった通りだし、納得してくれるといいけど。

師という立場から、敬語云々は無しだ、別にリオンもつけなくていい。それから」

「待て」

勢い込んで頭に溜めていたことを話し出すと、リオンがいつの間にか椅子に座り足を組んでストップを掛けてきた。

「何?」

「貴様が師云々は後回しだ、聞きたいことがある」

「……どうぞ」

まだ朝食が終わってないだろうから早めにするつもりだったのに、深く腰掛けるものだからこちらも無断でベットに座る。

じっと睨むような視線は相変わらずで、影でそう見えるのか、顔色が悪い。

「一つ、お前何歳だ?」

「11」

「………」

『坊ちゃん、1歳しか違わないから悔しいんですか?』

ほらまた聞える。幻聴なんかじゃない。その度にあの剣のレンズが光るのは気のせいだろうか。

「次、巨大モンスターとは何のことだ?」

既に頭の要領内からほっぽり出していたことを言われ、一瞬戸惑う。

「あ、れはこの前のダリルシェイド襲撃事件の頭だったモンスターのこと。でもあれは兵士さんらがやったんだ」

『でもその為に特攻仕掛けたって聞きましたよね、一人で』

うるさいなこの声。余計にペラペラと。

いらっと八つ当たり気味に聞えてくる方を見ても、ただそこには剣。

「………最後……何が目的だ」

「は?質問の意味がよくわからない」

目的とか、いつ何処からそんなものが出てきたのか気になる。

『飛躍し過ぎですって坊ちゃん、困ってますよ?』

むしろあんたの方が正体不明で困る。

リオンは一度剣を睨んでからまた喋りだした。

「この屋敷へ来て僕の剣を指導し、ヒューゴ、様へ取り入って何をするつもりかと、聞いた」

父親から言われたのだろうか、取って付けたように様と呼ぶ彼は複雑そうに俯く。

まだ10歳だ、親の愛情が要るのは並だろう。

『だから坊ちゃん!ストレート過ぎですって!』

人が悩みながら唸っているところを邪魔して、こいつは…

『坊ちゃ「「うるさいっ!!」」

『「「…………」」』

何故だろう、ひどく驚かれている気がする、目一杯開いた奇麗なアメジスト色がちら、と剣に移り、ちら、とこちらに移る。

「何だよ」

「お前……こいつの声が聞えるのか?」

「何かいけないことでもあるのか?」

というか聞えていないつもりだったのか、と思う。

「これが何なのか知らないのか」

はぁっと溜息をついて疑問、というよりも確定に聞えるくらいでリオンが言った。

なんかむかつく。

「それが何であろうと知ったこっちゃないんだけど」

「まぁ、そうだな。話を戻す、何が目的だ」

どう答えろというんだろう、食い扶持を繋ぐ為、それではいけないのだろうか。

一瞬悩んで正直に言おうとすると、完全にスルーした話題のやつが邪魔してきた。

「それはや『坊ちゃんヒドイですよ紹介くらいあったって時間は待ってくれます

ってゆーかさっきから直球130キロ投げ過ぎです一応負けたんだから

敵に回さないように友情築くべきでしょここはこのままじゃネガティブ被害妄想野郎に位置付け間違い無しですよ!?』

「「……………」」

しばし沈黙。

「目的って言われても生きる為としか答えようがないけど」

長い自分の中での思考の結果、やっぱり無視決定で改めて答えた。

リオンはそれではっと気付いたようにこちらを見、また俯く。

『ねぇ僕は存在否定なの?』

この際そうしようかと思う。

「お前ほどの者ならばここでなくとも仕事はあるだろう、もとはここの住人ではないと聞いている。

それをわざわざ住み込みで働くような面倒な職へついたのは」

「何か目的があるからだろうって?生憎だけどここに住むことになったのはこっちの意思じゃないし

君の師っていう職も自由意志で決まったものじゃあないんだよ」

ちょこちょこ質問に答えるのが面倒になったので言ってやった。

的は外れていなかったようで彼は少し驚いた様子。

「ソーディアンが目当てでもないし、ヒューゴ様に取り入って権力振るおうとか、そーゆうのないから」

おお、あたっていたらしい。

知っていたのか、って顔に書いてある彼がまだ何か言い出しそうだったので特大の釘を取り出す。

「それにもし企みがあるとわかったなら、君が追い出せばいいじゃないか」

プライドの高そうな彼だからきっと無理とは言わない。

打ち付けた釘を更に押すようにそうだろう?と微笑む。

「………そうだな」

一瞬だけ目が丸くなったけどすぐに例の意地っ張りな冷笑を貼り付けて見返してきた。

「よし、じゃあ解決。それで…」

コンコン

おしとやかそうなノックで部屋が意外に広いことに今更気付いた。

何もない、と言っても間違いじゃなさそうなほどさっぱりした部屋。

「どうぞ」

無言のリオンを見てとりあえず自分が了承する。

多分反論されるだろうがどちらにしろ扉は開けなくてはいけない。

「おい、ここは僕の部屋だぞ」

「だって君が返事しないから」

?」

あれ?と奇麗な声にドアを見るとマリアンがティーセットを持っていた。

「「マリアン」」

「「………」」

リオンが声を少しだけ弾ませて自分とはもった。

ギロリと声とは裏腹な視線を頂き、痛い痛いと嘆きながら立ち上がる。

「何だよ、呼ばれたのは君じゃないんじゃないか?」

「黙れ、用が済んだならさっさと出てけ」

まるでマリアンと二人になりたいような口ぶりにははーんと違った意味で笑顔になる。

ゆっくりゆっくりマリアンに近付きながらにやにやとリオンに視線をやる。

「そうかそうか君はマリアンが「出てけ」

ついには物言う剣を抜いてきやがった短気な彼はマリアンの一言で固まる。

「いいじゃないですか、ちょうどリオン様が食事にいらっしゃらないので軽くお茶にしようと思って来たんです」

も一緒に、と言外に含まれていてぱっと笑顔になる。

「ありがとうマリアン」

リオンにはにやり、マリアンにはにこりと笑いながらティーセットを受け取ってさかさか並べる。

「マリアンは優しいね」

飛ぶように褒めるのが気に入らないのだろう、リオンは不機嫌むき出しでどかっと椅子に座った。

オレンジババロアのケーキに紅茶、リオン用にか廊下にはメイドが食事を持っている。

「食事は要らない」

リオンがそう言ってメイドを追い返し、マリアンが困ったように笑う。

成程、マリアンさんだけに懐いているのかリオンは。










「「「…………」」」

雰囲気が重く、柔らかい。

こんなことが同時に起こっているのを初めて私は体験した。

時折カチャというティーカップを置く音が出るが、それは逆に虚しく響いている。

お、お茶の時間ってこんな感じなんだ…

催したことのない出来事に興味はあったものの、まさかこんなものではあるまい。

と思い込むしかない。

「そういえばマリアンは、どうしてこのお屋敷に?」

「私は、両親を亡くしてしまってから叔母に紹介されてきたの」

微笑みながらだが、トーンが暗い。

しまった、選択を違えた。

「ご、ごめんマリアン。そんなこと聞いて…」

「いいのよ、そのおかげでこうしてあなたたちに会えたんだから」

ね?とこちらに同意を求めるようにして首を傾げる彼女。

俯いていた頭を上げたリオンもまんざらでなさそうだ。

は、その、御両親がいないとは聞いているけれど…」

「うん、小さいころの母をぼんやり覚えている程度だよ。でも一人じゃなかった」

これは誇りを持って言える、よく世話をしてともに育った、とても大事な友人が居るから。

「アルが、ずっとずっと前から一緒だから。一人ぼっちじゃあなかったんだ」

「そうね、私も一度見かけたけど、あのこは本当に大人しいわ、今度触ってもいいかしら?」

そういえばこの屋敷には、広い庭があっても馬など、動物類を見かけたことはない。

珍しいのか、好奇心が強いのか、彼女が聞いてくるのをみて、ちらりと横に目を流すとリオンは目が細かった。

「彼に直接聞いてみてよ、きっと答えてくれるから」

今アルは即席で作ってもらった馬小屋として庭の隅に住んでいる。

そのうち散歩に行かないと足も鈍るだろう。

他愛もない話をそれから少しずつしていって、初稽古として外に出ることにした。

リオンは相も変わらず、むっつりしている。












































「基礎体力のほうは、城で十分にしていると思う。だから、ここでは、君の習いたいことを主にやっていきたい」

「僕が選ぶのか?」

今の時期普通ならこのくらいの子は少し勉強に励むようになって、少し遊びが過ぎるぐらいだ。

そのような普通の感覚でない彼に対して、普通に扱うのは憚られる。

知識の高い彼にあれやこれや言いたくはない、しかも同じ子供なら尚。

「そう、何でも。そのうち野宿なんかはするけど、今日は初めだし、何よりまだお互いあんまり親しくないしね」

「戦闘に親しみなど関係無い」










――――――――スパッと切れ味の良すぎる包丁で切るように彼は言う


だが、恐らく真実は心得ているだろう


これからの彼にはきっと何かとてつもないことが待っている





それならば私は彼を守り、彼の為になることをしよう





全く自己満足ながら、私はあの時漠然とそう誓った




あの雑木林での彼が、きっと本当の、傷つきやすい純粋な心を持った彼だ


何処かで一度聞いたことがあるような痛みを抱えた声は、聴こうとしなければ届かない





多分自分は何処で聞いたのかが、本当は知りたいのだろう





でもそれがもしわかったら、と想像すると何かが胸中を蠢きだす


それが欲しくて堪らないのに、手を伸ばすことをしない矛盾する心と体


誰かに呼ばれても聞こえない振りをして過ぎるように残る、重苦しい罪悪感のように





それでも求めているからだろう、その時までは彼を守ろうと
――――――――










「っおい!!聞いているのかっ!?」

「っ……?」

曇りがちで暑くもなかったことからそのまま立ち話を進めていたところ、

どうやら自分が深く考え過ぎて、リオンの存在を忘れるという失態をやらかしたらしい。

なんだか心配そうなくせに怒ったようなよくわからない顔でこちらを見ている。

こちらをというか間近でそんな顔をしていて且つ、両腕を掴んでいるもんだから

こちらとしても自分に責任があるようで咎を感じる。

実際そうなのだが。

「ご、ごめんリオン。つい考え込んじゃってさ……謝るからそんな顔で見ないでくれよ」

「ふん、僕がどんな顔をしたというんだ。全く、これだからお前が師など仮借できないと言ったんだ」

今しがたの表情は何処へやら、ばっと腕を放して横向きに睨みを入れる。

ふん、と浅く息を吐き出したのは、安堵したからとは言えないかもしれない。

「で、なんだっけ?」

「…全く。僕はやるならばシャル、この剣を使った稽古でいいと言ったんだ」

「それが君のやりたいこと?」

他のものに興味を示さず、一途にそれに打ち込むというのは、決して悪いことではない。

でもそれでは、悪く言うと使いこなすことの出来る分野が狭いということだ。

戦闘は、世論が通ることばかりが起こるわけではない。

「それはいいんだけど、もしそのシャルティエ『シャルでいいよ』

………シャルが奪われたりしたらどうするんだ?」

「そんなへまするか」

ふざけるなとでも続けそうに勢いづいて言うけれど、それは断定できることじゃない。

「もし、手放さなくてはいけない時が来たら?」

「っ!!………お前」

ぎゅうっと胸の中の何処かが締まるようにその言葉を吐くと、リオンは焦りをみせて手を少しだけ上げようとした。

その右手の反応は対となる手によって阻まれたけれど。

「もしだよ。もし。万が一のその時の為に、一つだけでも出来るようにしておいたほうが良くないかい?」

「…………それならば」
















































交錯する存在、終。


2005.5.5


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