― 04 ふたりの戦歌 ―
私はリオンをアルに乗せて共にダリルシェイドへ戻った。
午前中のまだ早い砌だったので、大路に人は少なかったが、門番には何事かと止められた。
彼に説明してもらったけれど。
そして屋敷に戻ることの出来た私たちは一気にヒューゴ様の自室へ押し入った。
「ヒューゴ様っ」
「どうも、身支度を整えて来ました」
「やあ、朝からご苦労様だね」
焦った様子のリオンを完璧に視野から外してこちらに微笑む。
そう若いというわけでもないのに老いを感じにくいものだった。
「ヒューゴ様っコイツが僕の師とはどういうこ…」
「リオン、先生の前で失礼ではないか。その身なりも整えてきなさい」
「………はい」
不承不承を貼り付けてリオンは引き下がった。
私に少し睨みを入れて扉を閉じる。
「……だから言ったじゃないですか、彼は嫌だろうって」
睨まれたことに苦笑しながら向き直ると、ヒューゴ様も同じようにしていた。
「どうも素直になれないらしくてね、すまない。小さい頃からあまり構ってやれなかったから」
「いるだけ、いいじゃないですか。これからがある」
そう言って父親の顔をしているヒューゴ様から目を離し、その向こうの窓から空を見た。
自分は、父親を見たことさえありはしないけれど。
風がないのか、ひそりとも動かない枝先を意味もなく見つめる。
「………すいません、何か湿っちゃいましたね、今日は後何をすればいいですか?」
「…そうだね、リオンと打ち合ってもらいたい。腕をみたいからね」
尤も、あの7m以上ある熊のモンスターを倒した実力は承知済みだけどね。とヒューゴ様は褒めてくれたようだけど、本当は違う。
ただ後頭部に一発入れて、脳震盪を数秒起こしただけだ。それからは何もしていない。
「いえ、あれは本当に誤解ですよ、ただ強打しただけですから」
「ははは、まぁいいじゃないか。さ、庭へ行こうか」
誤解だ、誤解が多すぎるこの国の人たち。
「思う存分やってくれて構わないよ」
そう言って連れてこられた庭に、リオン、ヒューゴ様、私と、メイドが数人いた。
リオンは先程あしらわれたことで気が立っているのか、それとも父親が見ていて高揚しているのか、雰囲気が少し違った。
私が庭を眺めている間にメイドの一人と何か話していたようだけど。
「リオン、手加減しなくていい」
「はい」
言われたリオンは誰がするかと言わんばかりにこちらを睨む。
「私はしておきましょうか?」
「お前なんかが師とされては困る、職を失わせて悪いな」
幼いと呼べる年だというのに、この話し方では友人が心配だ。
「驕りは身の破滅」
ぼそっと呟いてやるとむっとしたように顔を顰める。
「何だと?」
ちょうどヒューゴ様が合図を出した。
それと同時にリオンが走り出す。
「どちらの驕りか、すぐにはっきりさせてやるっ!」
向こうが剣を抜く中、私は庭を見ていた。
よく手入れをしてあるけど、それより土の抉れ方や、木の損傷が激しい。あの子がやっているのだろう。
「何処を見ているっ」
いつの間にやら近くへ来ていたリオンに気付き、横切りの間合いを計ってすれすれに避ける。
それを予想していたようでリオンはすぐに突きへと切り替えした。
それも横へ跳ぶことで回避してから、また考え込む。
うん、やっぱりスピードが生かせるな。
庭に残って固まっている剣筋の跡を見て単純に力が足りないのかも、細いし。と今後の計画をしていく。
「おいっ!」
「え、何です?」
距離をとりながら応えると、呆れたような顔がある。
「お前やる気あるのか?」
「あはは、たかが子供のお遊び相手に真剣になれませんよ」
「何だとっ!」
『坊ちゃん落ち着いて下さい!乗せられては駄目です』
誰だか知らないけどその通りだ。あれ、でも誰も近くにはいないはず…
「はぁっ!」
今度は突きから来たリオンをやり過ごし誰もいないのを確認する。
「逃げるだけかっ」
言いながら素早く連続して切り込んでくるが一度も当たらない。
いいバランスだし、まだ少しだけ剣に振られてる感があるけど……すごい才能だ。
流石に息つく暇もなしに攻撃を仕掛けているのが辛いらしく息が上がっている。
こんなに軽々避けられることなどあまりなかったのだろう。
経験不足から体力配分が出来ていないのと、成長期前で思うように体力が伸びていない、と私は解釈する。
それより何より一番に気になるのは……
いつから、剣を持たされていたんだろう。
「っ」
必死に当てようと剣を振るう中、またこいつは哀れんだ、というより悲傷した顔をする。
何が起きた、僕が何をした、何故こいつはこんな顔をする。
荒い呼吸と思考を冷ます為に一旦ばっと距離をとった。
「君、私は剣の腕が見たいのだが、いいかね?」
「あ、はい。申し訳ありません」
そういえば先程から剣さえ抜かないで避けてばかりだ。
回避が上手いのは分かるが剣筋も見たいところなのだろう。
まぁ、あれだけ僕の剣を避けきれているのでかなりの者だと認めざるを得ないが。
「では、行きます」
今度はあいつから向かってきた。
走りながら―思ったよりも速い―腰の剣を抜き、その刀身を露わにする。
と、僕は正直驚いた。
あいつの太刀は青いだけでなく、透けているのだ。
まるでガラス細工のように。
初めて見る透明な刃はとても鋭く且つ、優雅に映る。
気付いた頃には目の前にいて、咄嗟に真っ向から受けてしまった。
キィン
耳に響く高い音と似つかない、ぐっと重い撃がきた。
「くっ!!」
「単に軟弱なんだよ、剣ではなくお前が」
切り結ぶ間、抑揚の無い声でそう言われた。
ただの挑発だと頭では分かっていたのに、それが真正であり、自身も悩む事柄だったのがいけなかった。
「黙れっ!!」
力任せに押し切ろうとして逆に力を緩められ、傾いてしまった身体は元に戻せない。
崩れた体制のまま半ばやけくそで刃を横に薙いだが虚しく音がするだけ。
上にジャンプしただろうあいつは僕の後ろへ降り立ち、体制を起こす前に首へ刃先を付けられた。
完敗。
嫌な言葉だけが僕を埋めた。
「駄目だって乗せられたら」
「……はぁ……っ」
今までつけなかった分、荒く息を吐き出しながら、僕はあいつを睨みつけていた。
「そこまで」
「はい」
「流石、あの巨大なモンスターを倒したことはあるね」
「あれは違うんですよ、兵の皆さんの功労です」
にこやかに近付いてくるあいつとその後ろにタオルを持ったマリアン。
僕には笑いかけたことなど、一度だってないくせに。
それに巨大モンスターとは何のことだ?
熱くなった頭では冷静にまとめられない、そのうちに冷たい声が降った。
「まぁまぁ、今度リオンに聞かせてやってくれ。……リオン、下がれ。今日はもう終わりだ。君、ご苦労だったね。こちらに」
「え、あ、はい」
今だ動けずにいる僕を一度見て、あいつはマリアンからタオルを一つ受け取って去っていった。
完全に姿が見えなくなる頃には、僕は力が抜け、地面に座り込んでしまっていた。
マリアンの声さえ、今は届きそうにない。
僕にだけ冷めた言葉、負けた屈辱、謎深いあいつ、
もう僕には訳が分からない。
ヒューゴ様の書斎に戻り、話を待っていると不意に冷めたものを部屋に感じる。
否、部屋全体の雰囲気が何度か下げられているのだ。
「…ヒューゴ様?」
「仕事の内容は以前言った通り、あれの剣の指導だ。甘やかす必要は無い、強くならねば役に立たん」
険しい、何かに覆われたようなオーラとともに低い声が広がる。
何だ?このギャップは。これが本性なのか?
「あの年でやれることは高が知れています。あまり多くを望まぬ方がいいので…!?」
いきなり息が詰まるのを感じた。
冷たいものが首を絞めてさらに体ごと浮いている、ヒューゴ様に首を締め上げられているのがわかったころには彼がこう言った。
「私に指図をするな、お前は言われたことのみすればいい。……安心しろ、あれは私の唯一の息子だ、並みのことでは壊れん」
「……っは」
やっと下ろされた地面の硬さもだが、いきなり雇い主に殺されそうになるとは痛い。
それに実の息子と聞かされたその子供はファミリーネームが目の前の者と違う。
「…っ…申し訳ありませんでした。御言葉通り、厳しく御指導いたしましょう」
「そういえば、やけに変わった剣を持っていたようだが」
「あ、あれは……形見です」
出すのを惜しむように俯くと、まぁいいと彼が諦めた。
正直取り上げられると思っていたので安心する。
「稽古以外もあいつにつけ、この頃あいつを狙う輩がいると聞く。……守れなかった時は……」
「承知」
この場から離れたい、あの恐ろしい笑顔が、とてつもなく自分を蝕むような気がする。
「消して構わない、下がれ」
「はい」
つまり襲ってきたら殺せというのか、こんな表裏の激しい人ははじめて見た。
むしろ何か別物が掬っているような。
そこをでた私は、用意された部屋へ行く為、メイドを探した。
「クク…また新しい駒が手に入ったか」
薄暗いままの書斎から忍んだ笑いが聞えるのを、誰も知らなかった。
ふたりの戦歌、終。
2005.3.1
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