― 01 世界の危機は迫っていった ―















 




















「……この後始末、どうつけるおつもりですか?」

神たちの領域で神たちは審議していた。

「フォルトゥナの行為が我々の神法に違反していることは明確」

「だが、ああなった以上こちらが手を出すこともまた、違反に」

「先に破ったのはあちらだ、早急にNo.179204には処すべきものを」

口々に言い合う彼らの意見にはまとまりが見えない。

上座に位置する銀髪の女性―に見える―はため息をつきながら一つ、ぱんと手をたたいた。

「皆さん、少し落ち着いてください」

その言霊に逆らうものはいない。

女性が視線を一巡りさせてから目を伏せる。

「確かに、フォルトゥナの行為には厳罰が必要です、しかし179204……あの世界に手を出すことは私が許しません。

あの世界に生きる全てのものもまた、我々が守るべき存在たちです」

しかし…と、困ったように髭を蓄えた老人―のように見える―は問いただす。

「それでは、我々が神法を犯さず守ってきた世界はどうなるのです?」

「導きに全てを委ねる他ありません。彼のものが示すなら救世主となる者が現れるでしょう、そしてきっと世界は元に戻るでしょう」

「………」

上座の後ろの祭壇に置かれた無言の導きは、淡く光りながら世界を映す。

「さぁ、あの世界の監視は私が行いますから、皆さんは個々の事へ取り掛かってください」

神々は渋々ながら散っていく。

ある者は怠惰そうに扉から、ある者は目をつぶり一瞬で、ある者は壁へと沈み。



「…………ふぅ」

コツ、と祭壇へ一人の神は踏み出す。

そこに映る青い空と森と少女へ、視線を。やさしい瞳を向ける。









































薄暗い屋敷の一室で沈みかけの夕陽を背に本を読む少年がいた。

コンコンと、控えめなノックで開かれる扉の向こうには彼が唯一真の名を教えた人。

「…リオンぼっちゃん」

「………」

目の前の返答のない少年にマリアン・フュステルはため息をそっと漏らしながら呼びかける。

「エミリオ」

ゆっくりと顔を上げる少年の目には空虚なそれでいて切なさに溢れたものがあった。

「今度の御前試合の相手、あなたより8歳も上だそうね」

「僕は構わない」

平然と窓に視線を移しながらエミリオ・カトレットは答えた、彼にはそれだけの技量がある。

「名家のご子息だと聞くわ、勿論あなたが勝つのを信じてる。……だけど」

本当に心配そうに近寄りベットに座るエミリオの視線に合わせて屈む。

「無理はしないでね」

「…………うん」

ともするとマリアンに甘えそうになる自分を堪えながら呟く。

慈愛の深い彼女はいつだって彼を癒す。

いつか見てしまった父親の寝室の肖像画と重ねても、それはただの空似だとしても。










『ぼっちゃんなら負けたりしませんもんね』

「………ああ」

机の上に丁寧に置かれた剣は喋る。

その隣には先程出て行ったマリアンが持ってきてくれたアップルパイが、まだ温かく柔らかな匂いをさせている。

『食べないんですか?』

「……いい」

少し目をきつくして首を振る若いマスターにピエール・ド・シャルティエは頭を悩ます。

『暗い中で本を読んでるとそのうち眼鏡をかけないといけなくなりますよ?』

「……」

『眼鏡かけてると戦闘の時不便らしいですよ』

「……わかった」

溜息交じりに本を閉じ、アップルパイに手を伸ばすとシャルティエのコアクリスタルが嬉しそうに光った。

「……」

ついとパイの方から向きを変え、エミリオはシャルティエの柄を掴む。

『どうかしました?』

「先に手入れをしておく」

先程シャルティエの思惑通りに事が運んだのが気に食わなかったのか、ベットサイドの灯りをともしてシャルティエを眺める。

それ程付き合いがまだ長くないこの剣は最初、本当に埃まみれだった。

少し拭った跡はあったものの、それだけでは済まされないほどだったのだ。

『素直じゃないんだから』

「うるさいぞ、シャル」

コアクリスタルを軽く叩き、いたたと泣く真似をするシャルティエを黙殺しながら夜は更ける。









































比較的静かなお昼時、モンスターの群れがセインガルドの城下を襲った。

前代未聞の予想だにしなかったことで、城の対応が遅れ、やっと七将軍が現地に着く。

それ程に数が多く、何故か統制の執れた群れだった。

おおよそ3つに分断されたモンスターたちはある者は店を襲い、ある者は港を襲い、ある者は城を狙うように迫っていた。

民は家に鍵を掛けて立て篭もったり、逃げ出したりと反応は冷静を欠くものばかり。

七将軍はそれぞれに隊を持ち、ニコラス・ルウェインを城に置き配置につく。

今も西と南の門からモンスターたちが入り込むのを防ぐのに、グスタフ・ドライデンやブルーム・イスアードが隊を率いている。










“パタン”

防具屋『騎士勲章』から出てきた、片手に袋を抱えた少年が歩き出そうとして振り返る。

本当に薄い空色で横だけ少し伸ばした髪の少年は、ドタバタと走ってくる2人の兵士が見えた。

「ん…?」

同じく色素の薄い空色の目はその後ろに見えるモンスターを映して一度瞬く。

「あ〜…」

どうしようか少し顔を歪ませてボロボロの兵士たちが接近するのを見ている。

こちらに気付いた彼らは逃げろと、口が伝えてくる。

…決めた。

「こっちです」

少年は手招きして兵士が近付くのを待ち、走り出す。

「えっ、君っ」

いきなりの行動に驚いてつい兵士は少年に従う。

少年は港への道へ向かうかと思われたが左折して左折した。

防具屋の裏には、脇道があったのだ。

一列でないと入れない所をすっと抜け兵士が出てくると

「これっ」

と荷物を押し付け逆戻りした。

「お、おいっ!」

少年がモンスターに襲われることを予想して慌てふためいた兵士たちはばっと道を覗き込む。

「え……嘘だろ…?」

少年は走りこみながらナイフを一つ投げするりと入ってきた狼のモンスターの足を止める。

そして上の空から襲来する小鳥のモンスターをナイフで捌くと、

後方に落ちるのを見ずに他を押しのけてやってきた木のモンスターの蔦を3本切り全体が入ってこれないのを見て後ろを向く。

「今のうちに」

「で、でも君っ」

流石に大人が子供に守ってもらうのが気に入らないのか躊躇する彼ら。

じれったそうにそれを見ていた少年はじゃあと続ける。

「傷の手当ぐらいして下さいっ」

太い枝を伸ばしてきたので力をこめて大きく振りかぶった。

あの木が壁になってくれればと思ったのだが、隙間からやはり狼や兎のようなモンスターが割り込んでくる。

最初に動けなくした狼のモンスターを仕留めてから抜いたナイフで、次の獲物の目に血振るいを浴びせて怯ませる。

「せいっ!」

高く飛んできた兎のモンスターに横から蹴りを食らわせ壁に叩きつけて突き止め、

右腕に噛み付こうとしてきた勢いのある猿のモンスターはスピードを利用して肘鉄を食らわす。

吹っ飛んでいく猿のモンスターの代わりに突っ込んでくる狼のモンスターに一人いった〜と呟き、

着地地点とされている自分の場所から飛び退いて構える。

しばしの間もなく降り立った狼のモンスターが着地の反動で動かない瞬間に、

上から刃を振り下ろすと紙一重で浅くなってしまった。

「あ」

がら空きの右肩に食らいつこうと飛び掛ってくるモンスターに、少年は地面に近いままの右手のナイフを落として手を地につけ

左足をばねに一回転して右足とモンスターを衝突させた。

「てっ」

そのままモンスターの上に尻をつけてさらにダメージにした。

そういえば飛ばされた猿は、と見ると木のモンスターにも飛ばされてレンズになるところだった。

「…ふぅ」

残っていたその木を放っておいて少年は脇道を抜けた所の空き地へ向かう。










「大丈夫ですか?」

「ああ、おかげ様で。ってそれより君っ」

気付いた拍子につい腕を動かし痛がりながらこちらを見る兵士に、少年が尋ねる。

「?…何です?」

「強いんだね!小さいように見えるけど……実は何歳なんだい?」

少年はむ、と怒ったようになる。

「失礼じゃないですか、女に年は聞かないもんです……って言ってもまだ11のガキですが」

2人は合わせたように数拍おいて驚く。二重に。

「「………ええっ!!?」」

女だったのかっ、とコソコソ2人で話し合うのを見ながら、町の雰囲気がいつもと違うのを気にして周りを見る少年改め少女。

「そんなことより一体どういうことなのか説明して下さい」

少女は近くに捨ててあった木箱の上に座り短く息をついた。











事のあらかたを知ったころ、ガチャガチャと重装備の隊が空き地の前を通った。

「お前たちっこんな所で何をしてる!!核を発見したと集結の鐘を聞かなかったのか!!?」

「申し訳ありません!モンスターに追われ負傷した所をこの娘に救われまして…」

「娘?どいつのことだ?」

「……」

隊の指揮官だろうその男はきょろきょろ見回すが少女と視線を絡ますことはない。

少女は内心激昂しかけだ。目に危ない光が灯っているのを兵が見て慌てて言う。

「こ、こちらが我々を救ってくださいましたっ」

「は?この子供が?……これは……失礼しました……お嬢さん?」

「ええ、まったくですね」

いまだ目を瞬かせている男に不機嫌丸出しで少女は踏ん反り返る。

この失礼な男、名をロベルト・リーン。

「ってそんな場合ではない!!行くぞっ」

「「「はっ!」」」

「本当にありがとう!危ないから君はもう家に……あれ?」

走り出し、振り返った兵士の後ろに同じく走っている少女。

「君は帰りなさいっ我々が必ず…」

「聞くところ宿屋の前にいるそうです、私の馬がそこに置いてあるので。それに貴方がたより役に立つと思いません?」

「ぅ………」

平然と走る少女はこの町の住民ではなかった。

たまたま今日買い出しに来ていて、たまたま今日街がモンスターに襲われていた。

偶然という言葉の恐ろしい所だ。








































世界の危機は迫っていった、終。


2005.1.5


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